投稿日 : 2014年4月20日 No.32
この夏にあった変化をお知らせします。
私は7月に『未来』を受講しました。
その宝の箱に入っていたCDの一枚目に羨ましいなあと思う話がありました。
なんでも「真我開いたから」とつけて、いいことを話す人の話です。
私もやってみたいなあと思っていたのですが、真我を知らない人にいきなりそれを言うのはちょっと・・・と思っていました。
家族にそういう話ができる人がいればいいなと、なんとなく思っていたのは確かです。
7月末に大阪であった『応用編』で和歌山である「囲む会」に来ないかというお誘いを受けました。和歌山であることは知っていましたが、同じ近畿とはいえ滋賀から和歌山はちょっと遠いなと思って、それまでは遠慮していました。が、せっかくお誘いをうけたのだし、これも「なにか」かしらと感じてその場で申込書を書きました。
そのとき、父と行けたらいいなとは思っていましたが、父のことは申込書には記入はしませんでした。
帰宅後から、父に誘いをかけました。
最初は父は嫌がっていました。「遠い」「暑い」からです。
けれども何度か誘いかけるうち、なぜか父がだんだんと乗り気になってきたのです。父が電車の時刻表を調べたり、電車のチケットを買ってくれたりしました。
父は真我のことはまったく知りません。けれども、私の車には営業セミナーのCDがかけっぱなしになっているので、父を車に乗せたとき、父は自然と学長の話に耳を傾けることになります。話を聞きながら、父がときに「なるほどなあ」「いいこというなあ」などと言うことはありました。
また、私がしょっちゅうYSコンサルタントに電話しているのは知っているので、まったく無関係、なじみがないというものでもなかったようです。
けれども、「真我」はまったくの初めてです。
囲む会では初めての方優先座席で学長がほぼ1メートル前といういい席で話を聞くことができました。(私も学長に直にお会いするのは初めてでした。)
学長の話はもちろん面白かったり、興味深かったり、圧倒されたりとありましたが、私にはなにより隣の父が面白そうに話を聞いているのがうれしいことでした。
そして、父に「真我」「開いた」という言葉が通じるようになったわけです。
ある日父が買い物に行って3割引の肉を買ってきたので「すごい!真我開いたからだね!」その肉がうまく焼けたら「やったね!真我が開いたから!」と言ってみました。
最初は苦笑していた父ですが、まもなく「そうだな」「真我だな」というようになり、食べるころには「真我肉だな!」と笑顔で言うようになりました。飲んでいたビールの勢いもあったと思いますが、おいしければなんでも「真我」です。「真我肉」に「真我ビール」で「かんぱーい!」な夕食になりました。
すると父がふともらしました。
「名前というのはえらいものだな。この肉を「真我肉」と呼ぶか「悪魔肉」と呼ぶかでぜんぜん味が違って感じられるからなあ」
・・・本当だね」
我が父ながらいいこと言うなあと思いました。
そして二日くらいたってからです。帰宅した私が思わず「はあ疲れた」とつぶやくと、突然父が「今が最高ですといえ!」と声をあげたのです。きょとんとする私にさらに「お父さんありがとうございます、お母さんありがとうございますと言え!照れくさかったら心の中で言え!」まだきょとんとしている私に「あの本に書いてあっただろうが!」
『成功と幸福を呼ぶ言葉』のことでした。
『未来』をうけたので、あの小冊子が2冊になったので、1冊を父にあげたのです。
「いいこと書いてあるから、朗読してみてよ。毎日してたらいいことあるよ」と何気なくあげたのです。
読んでるかどうかあまりしつこく聞かなかったのですが、私が思っている以上に父はあれを朗読しているようでした。
そして『宇宙』をうけてまもないある日、お客さまから「お父さんを大切にしなさいよ」とこんこんと諭されました。なにかのメッセージかと思い素直に話を聞いていました。
さらに、帰宅した父に「今日こんなことを言われたよ」というと、「そうか、ではこれからおれのことを『真我パパ』と呼べ」と笑顔でいいました。
父はなんにも受講していません。営業セミナーのCDをごくたまに耳にするのと、小冊子を読んでいるのと、囲む会に参加したことがあるだけです。
でも父はたしかに『真我パパ』です。
我が家の会話のあちらこちらに「真我」があるおかげで、我が家はハッピーです。ありがたいことです。
これからもますます『真我一家』でハッピーになりたいと思います。